「八若」の由来
「八若」とは ・・・ 「八若祭礼委員会」の略称
「八若祭礼委員会」とは : 本牧元町南部町内と本牧大里町内(旧本牧八王子村)に
住む氏子達が、この地域に古くから伝わる本牧神社大祭『お馬流し』の伝統守り、その祭礼を神社・他の氏子町内の方々と供に運営をしていくことを目的とした有志の会を言う。
「八若」の結成経過
「八若」は大正7年頃兵隊に出る時につくられた。 ・・・・ 福谷与市 談
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*1 : 大正7年、日本はシベリアに出兵を行っている。
おそらく、そのことを言っていると推察される。
人数は15人 ~ 20人くらいいた。一時は50人くらいいた。
祭り以外に正月、暮れなどの警備や夜廻りもした ・・・・ 須藤三寿 談
いづれも 「武蔵国久良岐郡本牧本郷村字牛込鎮守の歴史」
(岬の村とおはちおうじさま) ・・・ 荻野栄子 著書より
本牧元町の地域は、古くは久良岐郡本牧本郷村字牛込(八王子集落)と
呼ばれていた。海岸は、八王子海岸と呼ばれ、本牧の鼻(八王子岬)が在り
八王子神社(おはちおうじさま)が在った。
「八若」の「八」はこの地域の八王子から、そして「若」は兵隊に出るときに
作られた言うことから、若人から取り名づけられたと推察される。